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My little Lecce

南イタリア プーリア州 レッチェからサレント地方の美しさをお伝えします

ミラノのシスティーナ礼拝堂! サン・マウリツィオ・マッジョーレ教会


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ミラノからブォンジョルノ! 引き続きミラノレポートです。
前回の記事にも書きましたが、ミラノのマジェンタ通りにある、知る人ぞ知るミラノの秘宝、サン・マウリツィオ・マッジョーレ教会をご紹介します。こちらの教会は “ミラノのシスティーナ礼拝堂” とも呼ばれるとーっても美しい珠玉の教会です。

ミラノと言えば、ドゥオモ、レオナルド・ダヴィンチの最後の晩餐があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会、等が有名ですが、その他にも知られざる名所、美しいスポットがたーくさんあるのに、なぜか、この二つだけが突出して日本人観光客には人気なのがわたしには解せません。


サン・マウリツィオ教会はミラネーゼにもそれほど有名ではありません。これには理由があります。この珠玉の教会、修道院の付属の教会なので、当時一般の人の目には触れてはならない修道女が活動していた場所だったため、人知れず隠された場所としてミラネーゼたちにも認識されてきました。教会の外観もとても質素で、まさか、これほど美しい空間が内部にひろがっているなど想像もつかないほどです。


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こちらがサン・マウリツィオ教会の外観。とっても質素。私も初めてこの教会のあるマジェンタ通りを通ったときは完全にスルーしてました。ただでさえ華やかなマジェンタ通り、この教会の存在を知らない人はスルーしてしまうでしょう。

この教会の歴史を簡単にご紹介。1503年に建立されたベネディクト派の女子修道院の教会で、1798年まで修道院として機能していました。この教会の起源は古く、ミラノが西ローマ帝国時代の首都だった時代のローマ遺跡の城壁を利用してこの教会は建てられているので、
敷地内に8~9世紀の西ローマ帝国時代の数々の遺構も観ることができます。



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この教会はとても変わった作りになっています。上の写真のスペースは一般信者用。このスペースの奥に壁を隔てて修道女専用の聖歌隊スペースがあるのです。


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中央の祭壇の真ん中が鉄格子になっているのがご覧いただけると思いますが、ミサの時、ここから、壁の向こう側の修道女たちの歌声が聞こえてくるわけです。一般信者からは修道女たちの姿をみることはできませんし、壁のあちらがわへは一般信者の立ち入りは禁止されていました。



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美しい天井、教会内をぐるりと覆う美しいフレスコ画の数々。ミラノの大貴族であり、この教会建設にあたってのパトロンとなった数々の貴族のうちの一つ、ベンティベーリョ家の4人の子女もここの修道女としてサン・マウリツィオ教会に仕え、そのうち一人は修道院長にまでなったそうです。


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一般信者スペースから修道女専用スペースへの唯一の通路がこれ。当時は閉鎖されていました。こちらから壁の向こう側へ行ってみましょう!




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壁の向こう側に広がる空間です。


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愛する娘たちの仕える教会のため、ベンティベーリョ家は惜しみなく出資し、当時最高峰の絵画の才能を誇ったレオナルド・ダヴィンチの弟子たちに教会内部を美しいフレスコ画で埋めさせました。親分のレオナルドに本来は任せたかったらしいですが、かれは当時 “岩窟の聖女“ の製作で手がはなせなかったそうです。

1500年代の当時のミラノの良家の子女が送り込まれ一生を過ごしたこの修道院。毎日この修道院の中で暮らすしかなかった修道女たちにとってこの色彩あふれる豊かなフレスコ画がどれほど彼女たちの心を癒したかは想像に難くありません。



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一般信者用スペースと修道女たちのスペースを隔てる壁にある唯一の窓。この小さな小さな窓からだけは面会ができたようです。



いまだにミラネーゼたちにさえもあまり知られていないこのサン・マウリツィオ教会、500年以上も前に修道女がくらした隠された空間はいまだにミラネーゼたちにも秘密のまま。ある意味、彼女たちが尊重していた隠れた空間がいまだにたもたれているので、これでいいのかもとも思います。



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by mylittlelecce | 2019-10-21 08:22 | ミラノ  | Comments(0)

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